尖閣諸島は日本の領土

尖閣諸島上陸案

支那(中国共産党)は現在尖閣諸島への領海侵犯を繰り返し

尖閣諸島は中国の領土だと主張しています。

日本、石垣島の漁船が尖閣へ漁に出ると中国公船が接近、追尾して日本の漁船を追い出そうとしています。

矜持会では2013年11月、日本の領土、尖閣諸島への上陸を目指しました。

以下、活動の記録です。

 

2013-11-19

以前から公言していた「尖閣上陸案」先ずは支援して頂いた全ての方に御礼を言わせてもらいます。

本当に有り難うございました。
そして私の上陸を夢見て支援して頂いた方、本当に申し訳ございません。
結果的に波が高くこれ以上先には行けないとのこと上陸出来ず途中で引き返すという無念の結果となりましたが自然の力には勝てません。
もう一度頑張れと叱咤激励ございますが、なにぶん右から左というような話しでもありませんので了承のほど宜しくお願いします。

私は尖閣上陸に辺り、昨年の12月から動きだしました。
約一年かけて進めてきました。
全てがはじめての試みでした。
船の手配から資金調達。
金額の調整やら色々と困難の連続でした。
全てがはじめてのことでうまく交渉が進みませんでした。
それでもなんとか出航を迎えられたことご理解下さい。

何故、私が尖閣上陸を考えたか説明しますと、言うまでもなく尖閣諸島は「我が国固有の領土」です。
その我が国の領土を脅かし侵犯し中国の領土だとふざけたことを言ってる支那共産党に対し、日本人としての怒りを行動で示したかったのです。
それと同時に、支那共産党になめられっぱなしの日本政府に対し、凛とした態度で領有権を主張せよと日本政府に圧力をかけたかったのです。
要するに、「支那共産党」「日本政府」に日本人として意思表示を行動で示したかったのです。

11月15日午前11時頃、石垣漁港に着いた時には、第11管区海上保安庁、八重山署、沖縄県警、大阪府警、そして警察庁、海事局、総勢30名弱の官憲が私たちの行く手を遮りに来てたのです。

ここで私の目的が一つ達成されてるのです。
政府直結機関である海事局、警察庁を引っ張り出したことです。
滅多に現場に出動しない彼らを現場に引っ張り出すことが出来たのです。
何故、彼らがわざわざ石垣まで来たかというと、私は尖閣上陸を公言していたので、国際問題になり支那共産党を刺激させてはいけないという理由です。
上陸だけを阻止するならば海保と県警だけでいいのです。
海事局、警察庁が現場に来るというのは異例中の異例とのことです。
たかが3人、我らの行動に日本政府が動いたということです。

出航するに辺り海事局の方から注意事項等を口頭で説明されましたが、私は早く船に乗せろという気持ちがありましたので上の空で聞いておりました。

出航にあたり検品を済まし、いざ出航となりましたが船が進めば進むほど波が高く、一時間程走ったところで海保から船長に連絡入り、これ以上先は危険とのことでした。
やむを得ず引き返すことになりました。

残念でしたがここでも、一つ成果があがっております。
私たちの船に海保が三隻同行するという、これも異例中の異例とのことです。
他の団体が尖閣に船を進めるときは漁船一隻に対し海保一隻とのことです。
なんという厳戒体制なのか。
呆れてモノも言えません。

それでもここまで政府を動かしたこと。
ある人の話によると、支那共産党からの圧力があり政府は我々の行動を阻止しにかかったとのこと。
先日、香港から尖閣に向け出航した支那公船を支那共産党は引き換えさせたのだから日本政府にも私たちの船を尖閣に行かすなと中国共産党から通達があったとかのこと。
様々な情報が入ってきております。

私は日本人として我が国の領土を守りたい。
先人が守ってこられた、この豊かな領土を守りたい。
領有権を主張する中国共産党に対し、「馬鹿なことをいうな」と挑みたい。

竹島や北方領土のようになっては手遅れな訳で、そうなる前に手をうたないといけない。
日本政府よ、しっかり主張せよと。

ただ、それだけの想いです。

政府が動かないなら我々国民がなんとかしなくてはいけないのです。

今回の尖閣上陸案、結果的には失敗に終わりましたが、得るものも沢山ありました

賛否、叱咤激励はあるかと思います。
しかし私は私なりにこれからも粛々と活動していくだけです。
どうぞご理解下さい。

尖閣上陸案は始まったばかりです。
色々なこと、沢山勉強になりました
収穫もありました。
次の活動に活かせればとおもいます。

今回の私の活動に様々な形で支援してくださった方、本当に有り難うございました。
そして、上陸果たせず申し訳ありませんでした。

上陸という約束を果たすことが出来なかったので支援金は返金させてもらいます。
支援金してくださった方、私に声かけて下さい。
返金させていただきます。

これからも日本政府を動かす為、色々と考えておりますので、「愛国矜持会」「日本民族による中国共産党監視委員会」をどうぞ宜しくお願いします。

最後になりますが、尖閣上陸案に同行してくださった、「やまと新聞社」松原様、「中監会」石川統制局長。
本当にご苦労様でした。

皇紀2673年11月19日

「愛国矜持会」、「日本民族による中国共産党監視委員会」

代表  竹井信一

愛国矜持会アメブロより

https://ameblo.jp/wtjk-1113/entry-11703934290.html

 

尖閣諸島が支那(中国)領土ではない、動かぬ証拠。
1969年まで支那は尖閣諸島を日本領と認識していた事を表す(国家測絵総局) 69年以降、
尖閣諸島周辺にメタンハイドレードなどの資源がある事を知るやいなや突然自国領土だと騒ぎ出した


 

前、台湾総統 李登輝(り・とうき)氏も、尖閣諸島は日本領だと明言。
これを見た在台支那(中国)勢力が、李氏に国賊などと罵声を浴びせていましたが 支那勢力は、
この国民中学地理教科書の内容変更形跡と当時の時系列をどう説明する気でしょうか

 


 

(2013年11月14日の読売新聞)我々が尖閣諸島上陸を目指した際に、同時期に香港から船を出した懲りない保釣り行動委員会と警察、政府の茶番劇。
この運動体の起源を組織した人物には現(2015年現在)台湾総統、馬英九などがいる。


 

1953年1月8日の人民日報。 「琉球諸島は尖閣諸島を含む7つの諸島からなる」という内容の記事。
人民日報とは支那(中国)共産党の機関紙。 つまり、支那(中国)は公であっさり尖閣諸島は日本領土と認めていた。

 


 

2013年11月15日 この漁船で尖閣諸島を目指したが大シケと海保の妨害により途中で断念。
我々の尖閣上陸を阻止しようと石垣漁港まで海事局の職員やお偉いさんたちが集結。
結果的に強行突破でした。